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英語もうまくしゃべれない生徒たちが、始めてのアメリカの家庭で、どんなふうに過ごしているだろうかと心配したりもしましたが、翌朝会ってみるとそんな心配は無用で、ニコニコ元気で親善試合です。大濠高校のシュートが決まるごとに、ワーッとアメリカの奥さんたちが応援してくれるのがうれしくてたまりませんでした。たった一晩泊まっただけでもう見方です。 お別れのとき「ミスター西島は冷たい。わずか二晩でお別れとは悲しい」と、アメリカのお母さんたちが涙を浮かべて、私たちのバスに一生懸命手振って下さったときは、もらい泣きしてしまいました。 帰りに一行をロサンゼルスのディズニーランドへ送り、私と阿刀先生はもと福岡の米国副領事ドブサさんに会いに行くため、メキシコとの国境エルパソという町へ飛ぶことにしました。ところが、飛行機が故障でテキサス州エルパソに着いたのは真夜中の二時です。それでも空港まで迎えに来ていただき、ドブサさんの家に泊まって、目が覚めたのは午前十時。阿刀先生は庭のトマトをちぎって、私にハムエッグを作ってくださるなどアメリカの台所にも慣れたもんです。 その日、メキシコ国境にあるアメリカ領事館を訪ねたら、入国許可証をもらいに来たメキシコ人でいっぱいです。そこのちょっとヒゲまで伸ばした私が現れ、メキシコ人と間違えられては大変と、便所に行っても、ドブサ領事さんは外からかぎをかけて待機する気の配りようでした。帰りがけ、エルパソの空港へ向かう途中、国境のリオ・グランデ川を渡ろうとしたメキシコ人に、警備の人がほんもののピストルで威嚇襲撃したのには肝をつぶしました。 それから二年後、お世話になったアリゾーニイさんたちを福岡へご招待しましたが、その翌年、私たちがサンフランシスコへ行ったときは、お返しに郊外のカリフォルニアワインの名産地「ナパ」へ豪華な車でドライブです。 広いフリーウェーを猛速度で走るうちに、血圧の薬を飲んでいた友人が「小便に行きたい」と言い出し「トイレ!トイレ!」が通じません。「レストルーム!」の叫びにも車は知らん顔で走ります。たまりかねた兄が、小便をする絵をかなり写実的に描いて見せましたら、ようやく「OK!」速度がたちまち落ちて無事用を足すことができました。 ![]() スカイライン・ハイスクールとの親善試合 (1993年 画家 著書より) |