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博多育ちのもんにとって、市内電車は切っても切られん思い出がいっぱい詰まっとります。 その「チンチン電車」が時代の波に耐えきれず、昭和五十年十一月一日とうとう廃止とのことです。しかし「ハイさようなら」ではあまりにも冷たい気がするのです。黒い制服、制帽に白い手袋、黒カバンを前に掛けた車掌さんが後部のひもを引っ張ると、前の運転席のベルがチンチンと鳴って、電車が動きます。 「次はーテンジンノチョウ…」 運転席は寒い吹き抜けです。丸い坊主の取っ手に小さな手編みの毛糸帽子をかぶせたブレーキハンドルを緩めて出発。電車の前には人命救助の網まで付いています。博多駅停車場前から簔島〜渡辺通一丁目〜因幡町そして天神町。須崎を回って対馬小路〜大浜二丁目。旧柳町から新博多駅。 「次は千代の町ぃ…」 宝来町〜辻の堂と福岡市内をぐるぐる回る循環線が赤キップ。姪の浜から西新町〜今川橋〜唐人町〜黒門〜下ノ橋〜上ノ橋〜萬町〜天神町〜呉服町〜蓮池〜水茶屋〜千代町〜大学前〜博多座前〜馬出、そして箱崎の網屋町、九大工学部前終点の東西横一文字の線が青キップでした。 ![]() キップは一区分が一銭五厘、二百枚つづり一冊が二円八十銭。たいてい停留所前のたばこ屋さんでバラでも売っていました。 朝の七時までに乗車すれば「往復半賃」で三銭が二銭に安くなるサービスもありました。 電車が終点で入れ替えの際、車掌さんが車体の屋根に付いている長いポールをしっかり引っ張って、隣の電線に移し換えるとショートして火花がパーッと落ちてくる情景など、懐かしいことばっかりです。 そこで、明治の仮装姿で電車の乗り納めをすることになり、私と博多人形の西頭さんはかすりの悪そう坊主、兄は人力車夫、はくせんの下沢轍さんは金モールの大礼服、新聞社の江頭光さんはカンカン帽の書生さん。中洲のクラブのママさんたちは、鹿鳴館時代の女性服や女学生になって若返り。姪の浜から九大前まで乗ってサヨウナラしました。 変な客が乗った電車が通るので、沿道の人たちは「どんたくでもないのに何ごとかいナ」と驚いていました。 ![]() 電車の中で竹鉄砲を打つ私(左)。右は西頭哲三郎氏。 (1993年 画家 著書より) |