むね
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この勲章は、差し上げるのではなく、もらっていただくということで第一回は博多古謡を保存された石橋源一郎氏、放生会チャンポン復活の小川勝男氏、福岡大空襲記念写真撮影者の野田篤司氏、博多駅でお客さんの荷物を笑顔で運んでいただいた赤帽三十年以上の水摩勇氏と松雄熊蔵氏の計五氏にしました。 勲章のデザインは全体が金鵄(し)勲章の形で中央に福岡市のマークを入れ、博多商人三傑の神屋宗湛、嶋井宗室、大賀宗白の肖像を純金箔(ぱく)で磨いた大きなものです。 その後は、どんたく・山笠を復興された落石栄吉氏や博多にわか三味線一筋の野田末吉氏。松ばやしの傘鉾(ほこ)の正確な寸法、縫い方、取り付け法を教え、その記録作成にも協力された典型的な博多のごりょさん速見ハナさん。 そして、そのころ福岡のアメリカ主席領事であったカール・スペンス・リチャードソンさん。氏は着任以来、どんたく、山笠、玉せせりなど博多の伝統行事や名士劇にも完全参加して市民との交流につとめられたのは満場一致の推薦となったのです。このときの賞状は、日本語と英文を並べて私が筆で書きましたが、ワシントン、韓国、沖縄の総領事と転勤されてもいつも自室に飾ってあるそうです。 第四回は、福岡大空襲のとき遺体を合唱しながら素手でトラックに移されたという奥村利助さん。また昭和八年にドイツのハーゲンベック・サーカス福岡公演を実現させた今年九十歳の篠原雷次郎大先輩。第六回は博多弁の漫画「博多っ子純情」で、全国の若者に博多気質を紹介された漫画家長谷川法世さん。 第七回は、東中洲の派出所長として「暴力のない明るい中洲」実現に尽くされた異色のお巡りさん木下郁郎氏に特別の「だんだん賞」(博多弁でありがとうございますの意)。第八回は「博多の旧町名を残そう」という福岡全ロータリークラブの提案にこたえて、電車道に使われていた御影石で石碑を製作された石材店の国松大次郎氏。 そのほかオッペケペ節継承者の石田清高氏、「博多ごりょさん」シリーズを執筆された川丈旅館の長尾トリさんなど、昨年までに約五十人と団体の方々にもらっていただいています。 ![]() 直径12センチ粘土製 (1993年 画家 著書より) |