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ナショナル冷蔵庫ドア・デザインコンペの一等と佳作の賞金は計百二十万円です。私が一生懸命働いても、当時のお金で四ヶ月分はあります。半年も前に、たった一日で仕上げて、もう忘れかけていた作品が一等賞になったのですから、拾ったお金のようなものです。お金は欲しいけど、貧乏性の私は持っていると落ち着きません。何となく仕事が手につかないのです。 どうしたらこのお金から離れることが出来るかと思っているとき、福岡中央ライオンズクラブの例会に、俳優の伴淳三郎さんがゲストでひょっこりやって来られて、心身障害児救済の卓話と映画を上映されました。 みんな健康に過ごすことのできるわが家の幸せを思いながら、家に帰って「このさい、あの賞金を『あゆみの箱』に寄付しようか」と女房に相談しましたら快く承知してくれました。 さっそく寄付しようとしましたら税金が別途かかってくるとのこと。税金分だけ差し引いた金額をRKBの「あゆみの箱」に届けました。 この募金運動は、森繁久弥さん、伴淳三郎さん、秋山ちえ子女史などが始められたもので、九州ではRKB毎日放送の後援で、その年の十二月第一回チャリティーショー九州大会が行われ、この福岡公演が後に全国に広がって、東京、ハワイ、ブラジル公演となってゆきました。そんな関係で私は昭和四十一年の第一回からポスターを毎日続けて制作寄贈しました。 おかげさまで東京公演のときは、常陸宮ご夫妻のすぐ横の座席に、女房同伴で観劇させていただいたり、当時厚生政務次官だった福岡選出の山崎拓代議士が舞台公演の激励にお出でになり、私が森繁さんや伴淳さんたち俳優と一緒に並んでいるので「不思議なご縁ですなあ」と驚き合ったこともありました。 ![]() (1993年 画家 著書より) |