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しかし、私は、「既にマスコミに再応募の意思がないと話しました」と勝美先生に申し上げましたら、先生はさらに 「君たちの大先輩、亀倉雄策君(東京オリンピック・マーク制作者で、万博マークも指名応募)にも、もう一回描き直してくれと電話したら、快く『日本のためならよりよいものを描きましょう』と言ってくれたよ」との追い打ちです。 結局、審査委員長の説得に応じて、最初の作品に線を入れたマークを描いて再募集に応じることにしたのです。 再募集騒動から一ヶ月後、万国博シンボルマークの再審査結果が発表され、大阪に住む大高猛さんの作品が決まりました。サクラの花弁をあしらったあのマークです。 かくして、わたしのシンボルマーク落選騒動は一件落着しました。 ここで、引かれ者の戯言のようですが、そのときの私の談話が雑誌に載っていますので抜粋しておきます。 「デザインという私たちの仕事が、いかに社会と直結したものであるかということを再認識しました。全国各地から多数の激励文を頂き、今回の体験は貴重なものでした。おかげさまで今までの中央コンプレックスがいくらか薄らいだようです。これからもあくまでわが道を行きたいと思います。」 この間の私は、公判中の身柄のように落ち着かぬ日々を余儀なくされましたが、「負けるが勝ち」でしょうか、「九州の西島」は、思いがけず有名になってしまいました。 ![]() (1993年 画家 著書より) |